最近発売された『新明解国語辞典 第七版』(三省堂、2012年)を買って「宗教」の項目を読んだら、面白いことに気がついた。
第7版での「宗教」の語釈は次のようになっている。
しゅうきょう【宗教】(一)生きている間の病気や災害などによる苦しみや、死・死後への不安などから逃れたいという願いを叶えてくれる絶対者の存在を信じ、畏敬の念をいだきその教えに従おうとする心の持ちよう。また、それに関連して行われる儀礼的行為。「心の救いを―に求める/―心・―性」(二)仏教・キリスト教・イスラム教など、全世界に分布している「宗教(一)」。また、その総称。「新興―・国家―・―音楽・―裁判・山岳―・民族―」
「災害などによる苦しみ」というフレーズに目が吸い寄せられた。第7版の序文には、東日本大震災からの復興にさいしてよく言われている「絆」という語と、復興に果たす言葉の力について述べられているが、そうした脈絡から災害と宗教との関わりにも触れられているのだろうか、と思い、気になって、過去の版と見比べてみた。
すると、2005年発行の第6版では、次のようになっていた。
しゅうきょう【宗教】心の空洞を医すものとして、必要な時、常に頼れる絶対者を求める根源的・精神的な営み。また、その必要性を求めることの意義を説く教え。「―心・新興―・―性・―的行事・―合唱曲・国家―・―音楽・―裁判・山岳―・民族―」
この記述は、1981年発行の第3版から変わっていない。そして、1972年発行の初版と1974年発行の第2版はどうかというと、
しゅうきょう【宗教】人間を越えた絶対的なもの、たとえば神や仏などを信仰することによって、慰め・安心・幸福を得ようとすること。また、そのための教え。「―心・新興―」
ここでも興味深い変化があったことがわかる。超越者・絶対者(神仏)をまず説明の頭に置いた時期(1970年代)から、「心の空洞を医す」ことを頭に置く時期(1980〜2000年代)への変化である。
良心的な辞書の記述は、たんなる執筆者の思いつきや他の辞書の孫引きではなく、膨大なコーパスの蓄積や専門家による定義に依拠しているはずなので、そうしたものの反映だとすれば、とても示唆的で興味深い。