2009年5月14日木曜日

野町和嘉写真展「聖地巡礼」

東京都写真美術館 > 野町和嘉写真展「聖地巡礼」

恵比寿の東京都写真美術館で開催。今週日曜で会期終了だ。時間をみつくろって行ってみよう。

2009年4月8日水曜日

新井大祐・大東敬明・森悟朗『言説・儀礼・参詣―〈場〉と〈いとなみ〉の神道研究』



著者のお一人の森悟朗さんから、新刊の『言説・儀礼・参詣―〈場〉と〈いとなみ〉の神道研究』をいただいた。

神社縁起にみられる中世の神祇信仰を研究している新井さん、寺院儀礼の中の神道的要素について研究している大東さん、江の島をフィールドに宗教と観光について研究している森さんと、対象も方法も異なる研究が一冊に収められているが、序文によると、まさにこの神道研究の多様さを示すことが刊行のねらいであるようだ。

『メディアコンテンツとツーリズム』

メディアコンテンツとツーリズム : 鷲宮町の経験から考える文化創造型交流の可能性 / 北海道大学観光学高等研究センター文化資源マネジメント研究チーム編

この3月に卒業したばかりの佐藤善之君から、北海道大学観光学高等研究センター文化資源マネジメント研究チーム編『CATS叢書 第1号 メディアコンテンツとツーリズム―鷲宮町の経験から考える文化創造型交流の可能性』をいただいた。

上記リンク先にあるように、北海道大学の機関リポジトリでPDF版が公開されている。佐藤君のほかにも、筑波大学大学院の今井信治さんも寄稿していて、「サブカルチャーを文化資源としたツーリズム」(「巻頭言」より)についての実践的かつ実証的な調査研究が集められているようだ。

2009年3月25日水曜日

『宗教と現代がわかる本2009』



編集者の渡邊直樹さんより、新刊の『宗教と現代がわかる本2009』をいただいた。

『2007』、『2008』と寄稿させていただいたが、残念ながら今回はなし。けれど、特集「天皇と宮中祭祀」をはじめとして、秋葉原連続殺傷事件、YouTube、現代仏教、日系ブラジル人の宗教、『聖☆おにいさん』など、昨年の宗教事情に関する刺激的な論考が満載だ。来年度の準備や遅れている原稿執筆でいそがしい今日この頃なのだが、つい読み進んでしまう。

2009年3月8日日曜日

「紙と神」展

紙の博物館

東京都北区王子というと、地名の由来に関係している王子権現(王子神社)や、「王子の狐」という落語でも有名な王子稲荷神社が鎮座しているが、近代の製紙産業発祥の地としても有名だ。この二つの「カミ」を結びつけるような企画展示が、飛鳥山公園内にある「紙の博物館」で行われていることを知り、最終日の今日、見に行って来た。

紙の博物館は、紙の歴史や製造工程などを展示している施設で、行ってみると見学に来た子どもたちでにぎわっていた。「紙と神」展は3階の小さな展示室で行われていた。御幣、切り紙、形代、神札、牛玉宝印など、日本全国の神信仰にまつわる紙が解説つきで陳列され、伊勢の神宮に神札の用紙を納めている大豐和紙工業株式会社のパネル展示もあった。熱心にメモをとりながら展示を見ている小学生もいて、こういう切り口もあるのかと感心した。

2009年3月6日金曜日

鎮守の森で作業体験

3月4・5日、三重県鈴鹿市の加佐登神社を訪れた。地域づくりの担い手の育成・連携の場としての神社のありように焦点をあてた調査の一環である。こちらの神社での鎮守の森保全の活動のことを1月初旬にうかがい、ぜひ訪れてみたいと思っていた。

今回は、立場の異なる複数の関係者の方々から詳しいお話をうかがえただけでなく、作業体験までさせていただいた。境内の東側の森にバリアフリー・ルートを作る活動をしているボランティアセンター・ラブリーフォレストのサイトに、その様子がさっそく紹介されている。お話をうかがい、作業をしてみるなかで、鎮守の森=禁足地のようなイメージががらりと変わり、人間の生活とかかわりながら変化しつづける森というものをあらためて認識させられた。また、さまざまな経験・背景をもつ人々が互いを尊重しながらゆるやかに連携して活動してこられている姿に魅力を覚えた。こちらで学ばせていただいたことをぜひこれからの研究・教育に活かしていきたい。

2009年2月24日火曜日

チェンジリング

公式サイト(日本語)

昨日は米国アカデミー賞の授賞式があり、日本の映画が二つ受賞したが、この映画に賞が与えられなかったのは意外だった。しかし、ここ数年名作を送り出し続けているクリント・イーストウッド監督の勢いがまったく衰えていないことを感じさせる映画だった。

1920〜30年代のロサンゼルスが舞台の、行政の腐敗と女性蔑視が絡んだショッキングで重い作品だが、いくつかの決着、解決がもたらされるたびに、アンジェリーナ・ジョリー演じる主人公クリスティン・コリンズの複雑な気持ちに共感せずにはいられない。

この作品のキーパーソンの一人に、ジョン・マルコヴィッチが演じるギュスターヴ・ブリーグレブという長老派教会の牧師がいる。ロサンゼルス市警察の腐敗を批判するキャンペーンを張っているブリーグレブ牧師は、警察の探し出した子どもは自分の息子ではないとコリンズが訴えていることを伝える新聞記事を見て、コリンズに接触し、協力を提案する。一方で、事件がある決着をみたとき、まだ息子を探すことをあきらめないコリンズに、「息子さんはきっと待っていますよ、私たちもいずれ行く場所で」と語りかける。したたかな活動家と、宗教的な慰撫を与える者との両側面をもつキャラクターだ。

この映画は実話にもとづいているが、Presbyterian Church (USA) のサイトに載っている記事、Presbyterian pastor portrayed in new Clint Eastwood filmによると、ギュスターヴ・ブリーグレヴという牧師は同年代に実在したものの、この事件にかかわったという記録はないそうだ。友人のR.P. Shuler牧師とともに、ロサンゼルスの風紀の乱れを告発したことで有名だったということである。

また、牧師がラジオで説教するシーンも何度か出てくるが、Daniel A. Stout (ed.), Encyclopedia of Religion, Communication, and Media (Routledge, 2006) によれば、この時期、ラジオが黄金期であるとともに、数多くのラジオ説教師が活躍しており、ロサンゼルスでは Aime Semple McPherson (1890-1944) という女性が、ラジオを通じて癒しを行った説教師として有名だったそうだ。