2007年6月16日土曜日

『願い・奉納物』



青山学院大学の近くにある青山ブックセンターで見つけた、絵馬・絵額をはじめとする日本各地のさまざまな奉納物の写真集。日常の行儀良さをはみだした笑いと切実さが同居していて、感動を覚えた。

2007年6月8日金曜日

映画『選挙』

映画『選挙』公式サイト

今朝、朝日新聞の「ひと」欄に監督の想田和弘さんが載っていた。その記事に書いてあったように、想田さんは東京大学の宗教学研究室の後輩だ。参院選が近い今、この映画に世間の注目も高そう。明日から公開だそうで、時間を見つけて観に行こう。

2007年5月25日金曜日

パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド

世界同時公開の今日、観に行った。この世界同時公開というのは海賊版対策なのだそうだ。つまり本国アメリカでの公開後、海賊版のDVDがアジア市場などに出回って、興行成績を低下させるのを抑えるためらしい。

3時間の超娯楽大作で、なかなか見応えがあった。それにしても、交易によって最大の利益を得るために海賊を滅ぼそうとする勢力が、海賊たちの団結によって倒されるというストーリー、そしてこの作品をアメリカで知的財産権保護強化をリードしてきたウォルト・ディズニー社が制作したことに、強烈な皮肉を感じるのだが。

2007年5月19日土曜日

JCMCの特集

Journal of Computer-Mediated Communication の特集、Cross-Cultural Perspectives on Religion and Computer-Mediated Communication が掲載されました。

JCMC Vol 12 Issue 3

一昨年のIAHR、昨年のAoIRでお世話になった Charles Ess さんが編集を務め (川端亮さんと私が協力)、日本からは深水顕真さん、田村貴紀さん・川端さん、渡辺光一さんが寄稿しています。

2007年5月12日土曜日

地球交響曲第六番

昼に恵比寿へ散歩に行ったら、ガーデンプレイスにある東京都写真美術館ホールで『地球交響曲(ガイアシンフォニー) 第六番』を上映していた。龍村仁監督による超有名なドキュメンタリー映画のシリーズの最新作だが、残念ながら私は今まで第一〜五番を観たことがなかった。ちょうどいい機会と思い、ホールに入った。

「虚空の音」というテーマで、何人かの日本のミュージシャンの演奏と、海外の著名な演奏家へのインタビュー、そして最後にクジラの歌を研究している海洋生物学者へのインタビューからなる内容だったが、なかでも私がいいな、と感じたのは、米アイダホ州に住むピアニストで、「私の使命は音楽の通り道になること」と語る、ケリー・ヨストのインタビューだった。この人の音楽家としての人生に対する謙虚さ、厳しさは、自然の完全さの認識、すべては予定されているという認識と深く結びついている。アイダホの大自然の中で車を運転しながら、カーステレオで自分の演奏の録音を聴いていたら、ふっと「これは自分が演ったんじゃない」と感じた、というエピソードも興味深かった。

東京都写真美術館では5月29日から6月8日まで、第一番〜第六番を一挙上映するそうだ。

2007年5月1日火曜日

カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』


先月、アメリカのSF作家、カート・ヴォネガット・ジュニアが亡くなった。やはり、名前は知っていても作品をじっくりと読んだ経験がなかったので、本書を注文。奥付を見ると2007年4月30日22刷とあるので、訃報を受けて版元に問い合わせ・注文が殺到した結果増刷されたものだろう。私もその一人ということになる。

ヴォネガットは第二次世界大戦中にドイツ軍の捕虜となり、ドレスデンの収容施設で連合国軍による大爆撃を体験した。どうしたらその体験を書くことができるのか、という問いに対する答えが本書ということになる。「こんなに短い、ごたごたした、調子っぱずれの本」(30頁)。でもそこがすばらしい。

初めて読んだのに、全編に満ちた残酷な笑いのセンスには既視感というかなじみがある感じがわいてくる。自分の好きな映画監督(テリー・ギリアム、コーエン兄弟あたり)の作品に通じるものがあるからだろうか。

2007年4月26日木曜日

スタニスワフ・レム『大失敗』


装訂の美しさに惹かれて買った。新聞等の書評にもネット上の情報にも目を通さず、外部の関連情報をシャットアウトしてひたすら読み進めていったのだが、読み終えた後、そうしたことでこの作品の魅力を味わえたと実感する。支点のない情報が錯綜し状況が刻々と変化する中で登場人物たちが討議し、いくつかの有力な仮説が浮かび上がっては消えていく。そういう様子は、物語の力点や結末が見えていたら、あまり耐えられないだろうから。

そういうわけでここでもあまり作品内容の紹介はしたくないのだが、最低限のことだけ記しておく。先日も、「地球型生物が住める可能性がある太陽系外の惑星を、ヨーロッパ南天天文台(チリ)の研究チームが世界で初めて発見した」というニュースがあったが、そもそも、地球の他に知的生命体がいる可能性のある天体が発見されたとして、私たちはその異星人に会いたいと思うか? それはなぜか? 会ってどうするの? という疑問がある。去年読んだグレッグ・イーガンの『ディアスポラ』もその疑問に関係する小説として興味深く読んだが、この『大失敗』も同じ疑問に関係している。

異星人との相互理解の困難さ、不可能性については、私たちの世界の有り様から簡単に類推することのできる、きわめて説得力のある設定が用意されている。そこで、どうやってその困難を乗り越えていくことができるのか、というところに意識が前のめりになっていく。しかし、そもそも会ってどうするの? の部分についてわかりやすい答えが用意されているわけではない。むしろ、こういう困難さの中に、何としてもコンタクトを成功させたいという欲望が基礎づけられてしまっているのではないか、という疑いが頭をもたげてくる。