2008年6月16日月曜日

「宗教と社会」学会学術大会、終了


6月14・15日、名古屋の南山大学で、「宗教と社会」学会第16回学術大会が開催され、参加した。

宗教の社会貢献活動研究プロジェクトのテーマセッション、「宗教の社会貢献活動―基礎論構築をめざして」では、「宗教の社会貢献活動」の定義や「社会貢献」の評価軸(誰が、どのような基準で)をめぐって、熱い議論が交わされた。「宗教の社会貢献活動」と言う場合、宗教者・宗教団体が主体となる活動を指すのが一般的だと思う。私は目下のところ櫻井治男先生・藤本頼生先生・板井正斉先生のご教導を受けながら神社神道の社会貢献活動について調べているのだが、そこでは主体が神社または神職とは言えない場合を視野に収めることが重要だと考えている。ただそのときに評価軸をどこに置くかということはしっかりと検討しなければならないだろう。9月の日本宗教学会学術大会でこれに関連するパネルがあるので、このような点を留意しつつ準備を進めていきたい。

また、「「民衆宗教」研究の新展開」セッションでは、ネオ・リベラリズムへの対抗軸の提示をめざす宗教研究という問題提起に、大いに刺激を受けた。学会でも新しく「民衆宗教」研究プロジェクトが立ち上げられ、これからさらに活発な共同研究が重ねられていくものと思われる。

ただ個人的には個人発表の討議や総会でKY発言を繰り返してしまい、帰りの新幹線ですっかり意気消沈してしまった。そのせいか、今日は風邪気味で調子が悪い。

土居浩さんからいただいた論考「『掃苔』同人とその時代」に、柴田常恵の名前を見つけた。國學院大學学術資料データベースには、柴田常恵が遺した写真資料の一部が公開されている。「上野公園内の名墓」に関わる写真は残念ながら見当たらなかったが、いくつか著名な人物の墓の写真は見つけることができた。今年度からの、國學院大學研究開発推進機構学術資料館のプロジェクト「近代学術資産のデジタル化・データベース化による再生活用の研究」では、これまでの写真資料に加えて拓本資料の目録化・デジタル化に着手しつつあるので、そこで何か関連するものが出てくるかもしれない。

2008年5月27日火曜日

法廷画展

法廷画家 (映画「ぐるりのこと。」公式サイト)
「法廷画展」開催 (國學院大學)


日本の法廷では写真・ビデオ撮影が禁止されているので、テレビなどが法廷の様子を報道するために、イラストを描く人たちがいる。近く公開される橋口亮輔監督の映画「ぐるりのこと。」は、法廷画家の夫とその妻が主人公の作品で、それにちなんで「法廷画展」が、國學院大學渋谷キャンパスの学術メディアセンター多目的ホールで開催されている。

オウム真理教教祖の麻原彰晃(松本智津夫)の法廷での表情を描いたものが最も多く展示されていた。

施行が近づいている裁判員制度をめぐって、賛否両論が大きく渦巻いている。私もこの制度の導入に疑問をもっているが、私たちは裁判を幾重にもフィルターをかけた形でしか知り得ていないこと、しかしその過程の中にも真摯な努力があることを考えさせられた。

2008年3月30日日曜日

グリーンライン


今年は首都圏の公共交通の開通ラッシュだそうだが、そのうちの一つ、横浜市営地下鉄グリーンラインが今日開通した。

港北ニュータウンを中心に、日吉と中山を結ぶ路線。センター北駅、センター南駅で従来の地下鉄(ブルーライン)と接続している。

さっそく昼すぎに乗ってみた。気のせいかもしれないが、乗客に年配の方が多かったような気がする。港北ニュータウンはわりと若い夫婦や小さい子供が多い町だが、今までバス路線だけだったセンター北〜日吉間やセンター南〜中山間の住民の方々が多く利用していたせいだろうか。

2008年3月21日金曜日

『宗教と現代がわかる本2008』



今日の昼、本屋で見つけて思わず購入したが、自宅に帰ると献本が届いていた。

少しずつ読み進めているが、一つ一つの記事がゆるやかにつながっていて、全体として2007年の宗教をめぐる状況が見えてくるようだ。

例えば、私の記事「「セカンドライフ」のなかの仮想宗教の動き」は、少なくとも、その一つ前の磯村健太郎氏の「宗教の代替的機能を演じるネット空間」と関連しているし、さらには長薗安浩氏「池田晶子の死」、村上興匡氏「「千の風になって」の大ヒットと葬儀観の変化」とも関わりがある。

2008年2月13日水曜日

年賀状が来ない

時季はずれの話題だが、今年は年賀状が例年の3分の2ぐらいしか来なかった。

来なかった3分の1には、うちの実家とか恩師とか、毎年年賀状を交わしていて明らかに先方も出しているものも含まれる。

1月下旬ごろに、これはやはりおかしい、あまりに数が多すぎると思い、郵便局に行って、年賀状が来なかった人リスト50人分を渡し、調べてもらうことにした。調べるといっても配達記録便ではないので、局内にデータがあるわけではない。配達員がご近所を戸別訪問して、誤配がなかったか聞いてまわるという手間のかかる方法である。当然ながらうちの辺りは配達員が勤務する昼間はだれもいない家が多いはずで、結局成果はなかったようだ。それでも、同じようなトラブルに見舞われているようなケースがご近所中で複数出てくれば原因はつかめそうなものだと少し期待はしていたのだが……。過去にはアルバイトの配達員が面倒なので捨てたというケースがあったようだが、その可能性はないときっぱりと否定された。

年賀状を送っていただいたと思われる方に直接、「年賀状出していただけました?」と聞くのも気が引けるので、このままうやむやにするしかないのだろう。ちゃんと調べてくださった局員の方には頭が下がるが、年賀状というのは民営化されても日本郵便一社独占市場のままなのだろうから、もうちょっとなんとかならないのだろうかとも思う。

2008年2月7日木曜日

小池靖『テレビ霊能者を斬る』



昨年末に刊行されてすぐに読んだ本だが、ここへ来て細木数子が3月で2番組を降板することになった(スポニチAnnexニュース)り、江原啓之が放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会から厳しい批判意見を受けた(J-CASTニュース、委員会決定意見書)りと、年明けからあわただしい動きをみせている。そこで再読した。

江原啓之、細木数子の二大「テレビ霊能者」の活動・思想や人気の背景、1974年から現在に至る「テレビ霊能者」史を振り返りつつ、テレビというメディアと日本人の民衆的宗教性との親和性を考察し、またテレビ霊能者批判は何を問題にしているのかを分析している。コンパクトな新書ながら、深く考えさせられる。

私が特に興味を覚えたのは、第4章で触れられている江原啓之の反論に関するところだ。宗教を「文化」すなわち社会の中で真偽を問われない地位にあるものという伝統宗教側の見方に対して、あくまで「霊の存在」に根拠を置き、真偽性を追求する主張をしていることがとりあげられている。

このくだりを読んだとき、18年ぐらい前の大学院生時代にある外国人留学生とテレビのオカルト・超能力系番組について話したことを思い出した。真偽が怪しい内容の番組になぜこれだけ多くの視聴者がひきつけられるのか、なぜ日本ではこのような番組が堂々と作られているのか、という相手に対して私は、いやそれは真偽性とは別の次元で何か教訓的なメッセージを受け取ったり面白がったりしているだけなんだよ、というような意見を言ったような覚えがある。

しかし、そうした私のようなぬるい受け止め方と、発信している当事者との間には大きな断絶があるのかもしれない。私はここ数年ほとんどテレビを見ない(朝のニュース番組ぐらい)ので、細木、江原の影響力もまったく実感がわかないのだが、今回BPOが意見を出した事例などは、一歩間違えば藤田庄市氏の言う「スピリチュアル・アビューズ」(霊性虐待)を放送局が後押しするようなことになりかねなかったものだと思う。4月の番組改編以降どのような様相になるのか注目したい。

2007年12月5日水曜日

『宗教学文献事典』




島薗進・石井研士・下田正弘・深澤英隆編『宗教学文献事典』(弘文堂)が刊行された。

私も1項目だけ執筆させていただいた(実は校正ミスがあるのだが…)。

今まで重要だと思って購入したけれど積ん読状態になっている研究書というのが何十冊もたまっている。この事典を開くと、ああやっぱり読んでおくべきだとあらためて思う。